ニチガの誕生

ニチガとは「日我」のことです。

 私の20代での職歴における仕事の外交・社内業務における行動が、連祖の大聖人の御振る舞いである「法華経の行者」として、社会に体現していった人物として、図らずも似た様相があることにおける名と、そして新卒で入った会社の管理者からの例えば会社環境と人、人間関係の中にもスタッグフレーション(不経済、インフレ)を起こす計略的なものを転換してゆける名称です。命名した名前Alias(別名)は20代の経歴から生まれました。

 

日本の我、日蓮の我と書いて「日我」であります。そして、日本の私。あなたのニチガ、私のニチガでもあります。

 

一個の人物として、人と縁することにより環境が変じ生ずることとして人物伝と自分史の作成に通じる点を挙げています。

 

そして、ニチガ便り誌は、医療類似行為の現場で東洋医学を学び整体師として、その療術の普及に努めるべく便り誌として、整体観や人類考を記録しておくべく所感のおもねくまま筆記している手引書(テキスト)です。

 

そこには、誰人をも持つ宿命を打開してゆく方途を示し、示唆に富んだものにし、世に残したい為と少しでも、人々に共感を得られるものにしたく、その共通・共有の綱目としています。

 

医療とは、人々に奉仕の心で、接し、充実したサービスを提供してゆくものであり、便り誌は様々な題材を取り上げれば、それが精神的病症においても、書き示してゆくことにより確かな現実をかみ締めるといったものです。

その証明としてデカルトのいう方法序説でいう、他者の表層の恣意を見聞きし、また、彼も「我思うゆえに我あり」そして、眼前に幾つもの現れる生活習慣病の改善、そして、健康の増進、肉体改造(丈夫な体にすること)を振授(感性で受けとめる)するのです。

また、ニチガペノーとは、ペンがあってペンがなくても頭脳の記憶の中に収めることができる記憶について、喜びを取っておく、生活術、予備知識で改善してゆく方向性を夢としている為です。そしてそこに秘める対話の重要性を表記しました。